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トップページ » うどん小話 » 第十巻 目次(181〜200) » その百九十七 源内うどん

うどん小話

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うどん小話 その百九十七 源内うどん

うどん小話も目標の二百話に、あと四話を残すだけになりました。振り返れば早いもので、小話を書き始めてから三年になります。その間、一度は店名の由来を書かねばと思いながら今日まで来てしまいました。そこで今日は店名の由来を書いてみます。

開店日は昭和47年10月1日、日曜日、絶好の秋晴れでした。その一年前から土地の確保、建設会社の選定、水の確保(峠のため水道が引かれてなかった)、職人の養成、人手の問題等、難問をかかえながら手さぐりで準備をしていました。それぞれ大変でしたが、一番苦労したのは「水」の確保でした。この「水」は32年間経った今でも大活躍しています(小話八十七:「井戸」参照)。

次に頭を痛めたのが店名です。8年前に亡くなった親父と私が、毎晩のごとく"名前"を出しては消し、消しては出しの繰り返しでした。ちょうどその頃、NHKで金曜ドラマ「天下御免」(昭和46年10月〜昭和47年10月)が放映されており、風刺をきかせた現代感覚の時代劇として人気を呼んでいました。このドラマの主人公が山口崇が演じていた「平賀源内」(讃岐志度出身、江戸時代の有名な蘭学者)であったのです。

「天下御免」のなかで、源内さんが"さぬき手打うどん"を食べるシーンがたびたび登場します。これを観ていたおやじと私は、同時に「ピカッー」と"エレキ"が頭の中を駆け巡りました。そうだ・・・・!! "源内"だ。

開店準備に取りかかったのが、昭和46年頃ですから不思議なくらいのタイミングで、この番組が放映されたのです。そして開店した10月に、「天下御免」は終わりました。このことは今でも、神様、仏様、そしてNHK様に感謝しております。

歳をとって、益々神仏の存在を信じるようになりました。

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