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トップページ » うどん小話 » 第十巻 目次(181〜200) » その百九十八 源内うどん(パート2)

うどん小話

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うどん小話 その百九十八 源内うどん(パート2)

店の構えも調い、店名も「手打うどん源内」と決まり、"源内"の字体は志度町内の著名な書道のA先生に書いてもらいました。あとは特製メニューの選定だけとなりました。

この当時、今とは違い手打うどんの店はそんなに多くはありませんでした。まして郊外型の店は、香川県内では初めてであったと思います。以前の小話に書きましたが、三十数年前は大衆食堂全盛の時代で、これらの食堂のメニューとして"うどん"・"おでん"等が売られていたのです(小話百五十五:「NHKとおでん」参照)。1970年(昭和45年)に大阪万博が開催され、この万博で"さぬきうどん"が一躍有名になりました。現在のブームは、第三次ブームであることは以前の小話に書いた通りです。

この大阪万博が高松市内にあるS麺業を大きく飛躍させたのと同時に、香川県のうどん業界を大きくクローズアップさせた原動力となりました。ちょうどこの時期にS麺業の先代K社長(故人)が、私に「うどん屋をやってみんか・・・・技術は教えてあげるわ」と言うのです。たまたま天野峠に遊休地があり、なんとか利用したいと常々考えていましたから、親父と相談の結果、即決です。

こゝでメニューの話にかえります。やる以上は他のうどん屋さんに無い"うどん"と思い、早速知人・友人に相談です。そのうちの二人がまったく偶然にも、同じ日に同じメニューを教えてくれました。それが「小田巻うどん」でした(小話二十二参照)。一人は手打ラーメンの「ムーラン」の主人。一人は「喫茶ポスト」のマスターです。この「小田巻うどん」は古くから"ハレ"の日に食べる縁起の良いうどんとされています。

このようにして当店の特製のうどんが決まり、「源内うどん」と名付けて売り出すことにしました。このメニューには特別の思いがあります。教えてくれた二人は、もうこの世にはいないのです。私と同年代なのに・・・・。K社長、ムーランの主人、ポストのマスター、ありがとうございました。

昔を思いだし、小話もあと二話になったことが重なり、チョッピリ寂しい気持ちになりました。

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