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トップページ » うどん小話 » 第二巻 目次(21〜40) » その三十一 瀬戸の夕なぎ

うどん小話

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うどん小話 その三十一 瀬戸の夕なぎ

瀬戸内海地方に麺文化が広がった理由がもう一つあります。

それは「瀬戸の夕なぎ」です。

今でこそ各家庭にクーラーがあり、蒸し暑い夜を知らないでしょう。 梅雨が明け、本格的な夏が来ますと、瀬戸内海地方は夕方から夜半にかけてピタリと風が止まってしまいます。 それはもうなんとも言えない蒸し暑さになります。(瀬戸の夕なぎ)

そこで夕食は、冷しソーメン、冷しうどんの登場となるのです。あまりの暑さのため、食事がのどを通らないのです。

スイカは冷蔵庫がありませんから、井戸につるして冷やしていました。夕方がきますと表に縁台(涼み台)を出して、 井戸からスイカを引き上げ、冷しソーメンなどといっしょに食べて涼をとっていました。

最近、冷しうどんを食べる人が少なくなってきました。クーラーが各家庭やうどん屋さんに完備されたからでしょう。

讃岐の夏の夕食は、冷しうどんとか冷しソーメンが多かったのです。飲み物は、ラムネや三矢のサイダー、ちょっと高級なところでカルピスでした。冷しうどんはかき氷をうどんの上にかけ、冷しソーメンはかち割りの氷を入れていました。

”だし”は”いりこ”が主体の母親が作ってくれたものです。ただし、終戦後の一時期は醤油だけをかけて食べていました。

なんだか昔が懐かしくなってきました。母親(90歳でまだ元気)の顔を見に行ってきます。

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