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トップページ » うどん小話 » 第二巻 目次(21〜40) » その三十六 岩崎先生

うどん小話

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うどん小話 その三十六 岩崎先生

うどん小話その十四で、終戦後は食料不足で満足に物がなく、非農家であっても土地のある人達は小さな畑で小麦を栽培し近くの農協へ持って行き、小麦粉と交換していた、という話を掲載しました。

これを、私の高校時代(高松工芸・機械科)の恩師であります岩崎先生が目にしまして、電話をいただきました。

高松市内には農協がなく、昭和26年〜27年頃まで、数軒の製粉屋さんがあり、先生御自身も製粉屋さんで粉を買い、その粉で母さんがうどんを打ち、釜で茹で、自家製のうどん玉を作ってくれていたそうです。

先生もその当時は醤油だけをかけて(釜あげうどん)食べていたようです。

その製粉屋さんは今里町にあり、森永さんという方で、兄弟で製粉機を考案し、うどん粉を製造していました。(二人とも高松工芸高校O.B、金工科)

その後、うどん玉専門の店が出来始め、森永さんは鉄工所に商売替えをしたとのことです。

恩師とはありがたいものです。時々店に来ていただき激励を受けます。

いつまでも、お元気で!!

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