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トップページ » うどん小話 » 第三巻 目次(41〜60) » その六十 麺のルーツ(最終版)

うどん小話

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うどん小話 その六十 麺のルーツ(最終版)

平成12年10月末の某ラジオ局のアナウンサーが発言した「唐菓子・からくだもの」から始まりました「麺のルーツ」も、このページで終わりとします。

これまで書き述べてきたことで、”唐菓子”と”饂飩・うどん”とはまったく別の食べ物だということが、理解していただけたでしょうか。

いろいろの背景を考えると、大陸の麺が日本に伝わったのは唐朝(618〜907年)の前期、日本では飛鳥時代になると思います。

ではなぜ麺文化がその後日本では一般に普及していかなかったのか・・・・・・・・・・・・ それは小話その十七”亜熱帯モンスーン”のページをお読みください。

五穀(小話その五十四をもう一度見てください)の中で秋に種をまき、初夏に穂るのは”麦”だけなのです。この時季、日本は梅雨のシーズンになり、刈り取りが出来ないのです。

他の穀物(特に稲)は日本の自然風土にあっていました。 ”麦”だけがあっていなかったのです。

それでも江戸時代になりますと飛躍的な農業技術の発達により、関西は”うどん”、関東は”そば”の食文化が一般大衆まで広がっていきました。

次のページからは薬味の”ねぎ”についてしばらく連載します。

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