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トップページ » うどん小話 » 第六巻 目次(101〜120) » その百十九 うどん屋(最終版)

うどん小話

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うどん小話 その百十九 うどん屋(最終版)

このページで「うどん屋」の話は終わりとします。私なりになぜ「さぬきうどん」が全国版になったのか考察し書いてみましたが、この四番目の話でネタが切れました・・・・残念。

「宇高連絡船」・「大阪万博」・「ふる里のうたまつり」などの出来事が不思議と重なり合い、相乗効果をあげていったのです。この現象を逃すことなくとらえたのが、当時の香川県K知事(うどんが大好き)をはじめとする県観光課の皆様でした。

等身大のカラーポスター(うどんのコマーシャルと県内の観光地の写真)を制作し、全国の国鉄(現JR)の駅々に貼っていったのです。我々うどん屋にも数枚いただき店内に貼ったものでした。この作戦がものの見事に当たり、観光香川の名を全国に知らしめました。

以上、四つの功績を書いてきましたが、香川県のうどん屋各々のたゆまざる努力も忘れることが出来ません。

もう一つの社会現象がありました。このページを書いているうち思い出しました。この時代に郊外型スーパーマーケットが出現し始めるのです。このことにより昔からありました食料品店(八百屋)が衰退していきました。製麺業者の方々も"うどん玉"の卸し売りが減少していきます。そこで考えたのが、製麺所の一部を改装して"セルフ"のうどん屋に変貌させることだったのです。

醤油をかけて食べるのが流行したのは、この時期からでした。なぜならば"だし"の研究をする時間がなかったのです。今でも「さぬきうどん」は、醤油をかけて食べる物と思っている県外の方々がいますが、それは違います。

このように"四つの功績"とプラス"一つの出来事"により、「さぬき手打うどん」がメジャーになっていきました。

ここまでの考察は、あくまで私個人の意見ですので誤解の無いように・・・・。

競い合いから素晴らしいことが始まります。

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